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「新R25」ぼくりりインタビュー記事考察

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本日、ぼくのりりっくのぼうよみ(以下ぼくりり)にインタビューした記事が「新R25」によって掲載された。
r25.jp

まずはこちらの記事を読んでいただきたい。当記事ではその内容を踏まえた上での考察をしていく。

目次

計算されたシナリオ

 2015年、「hollow world」にて華々しくメジャーデビューを果たしたぼくりり
f:id:f7777777:20190117192822j:plainhollow world [ ぼくのりりっくのぼうよみ ]


デビューからわずか3年でその存在を自らの手で葬ることとなったが、インタビュー記事を読むと彼にとって『ぼくのりりっくのぼうよみ』という存在とはどのような存在だったのかが語られている。

文学的かつ哲学的天才カリスマ像や、
これまでの毒を吐きまくる炎上っぷりなどの様々なエンターテイメント性をこれまで繰り広げて来た彼の口から解説された『ぼくりり』像とは流れに任せた偶然ではなく
全て計算されたシナリオ
なのだという。

キャラ設定で狙ったターゲットを獲得し収益化するという戦略的とも言えるマーケティングで「ぼくりり」を売り出した反面、
主観客観の両側面から自身を見つめることができる彼はターゲットを間違えたことに気づき辞職に至ったと真相を語っている。

しかし「柱」という明確な目標がなく、幾多の壁に直面した際に「ぼくりり」として目指す方向性が混乱してしまったことにより失敗に終わった。しかし辞めるという柱を無理やり通すことにより辞職という目標ができ、それが「作品」として完成し集大成となるわけだ。
彼の複雑とも思われた思考回路による一連の行動は、こうして紐解くことによって意図して行われていたことが理解できて面白い。

破壊欲

 意図的に炎上させたり、YouTuberを1日で辞職したりと「ぼくりり」をとことん崩壊する没落の演出をすることが一つのアートとして確立していたり、ぼくりりのリプ欄を含めたTwitterそのものがアートだったりすることから全くタイプの異なる新しいアーティスト像として存在意義を放っていると更に感じた。
何もかもがエンターテイメントであり、ぼくりりというコンテンツは様々な局面から見て楽しめるわけだ。積み上げてきた物を一気に壊す清々しい破壊の美学を彼には感じた。

主観と客観

 ぼくりりは自身を音楽を通して主観視、客観視できていると思う点がある。それはデビューアルバムに収録されている「sub/ objective」という楽曲の歌詞に現れている。
subjectiveとは主観、objectiveとは客観という意味で「主観/客観」と対になっていて歌詞を見るとそのことがよくわかる。
www.youtube.com

今、この楽曲を聴くと全てこうなることを当時から想定した楽曲だったのではないかと疑問に思うほど現在のぼくりりに当てはまると感じる。

はたまた彼の本質はデビュー当初から一貫性を持ってブレずにこの曲に現れていたとも言える。どちらにせよこれほどまでに自分を主観視、客観視できることは到底真似できることではない。

TO BE CONTINUED

 「ぼくのりりっくのぼうよみ」は辞職するわけだがこのままでは終わらず、次に向かってるぼくりり。一体今度は何をするのだろうか・・・
大敗喫したと自負している分、凄まじい起死回生を見せてくれることを期待している。